小5・小1松江塾【初代公認】ママブロガーちょこの明日は虹色

ふたりの子どもの残したいできごと、言葉綴ります

5ヶ月前にも真島先生に喝入れられた。そして、今。

れ~ととの三語短文。

 

辞書をひいて、

 

例文まで書けたことを確認して

(例文を書くのをサボってたときがあった。その時の三語は違和感だらけだった。真島先生にノートの画像も添付するように約束。必ず例文まで書くようになった。)

 

熱いは何を想像する?

 

「鍋のお湯!」

 

熱いお湯は何度くらい?

 

「100℃!」

 

沸騰してるね。ボコボコだね。

 

他に熱いは?

 

「気温!」

 

気温があつい時は、

 

暑いがいいかな。

 

衣類は?

 

「Tシャツ、ズボン」

 

靴下もマフラーも手袋もニット帽も衣類だよ。

 

「ニットボーって何?オモロー!」

 

ニット帽は昭和の言葉??w⁠(⁠°⁠o⁠°⁠)⁠w

 

毛糸でできた帽子だよ。

 

焼き芋の焚き火は熱くて軍手がいるよ。

 

そんな話をしていたら

 

 

 

 

!!!!

 

 

 

 

焚き火で

 

閃いた!

 

「燃える、炎を使う!」

 

【熱い炎の中に入った信長の衣類を各自手に取り号泣した。】

 

私の例が

 

めちゃくちゃ陳腐なものに感じてしまうほど

 

れ~とは思考にのめり込んだ。

 

 

真島先生の言葉

三語短文

 

答えを出した時点で思考は止まる。

 

その解答で学ぶことは何もない。

 

三語短文の価値は、自分の頭で世界を作り出し、言葉を繋ぎ、文として成立させる。

 

そこに至るまでの過程にある思考にこそ価値があるんだ。

その通りだなと感じる。

 

れ~とは三語短文を毎日作るけれど、

 

ペナテスト前に覚えるという作業はしない。

 

頭の中に、すでに絵が想像できていて

 

それを文字にしていくだけ。

 

ペナテスト前に書かせてみるけれど、

 

誤字脱字のチェックだけ。

 

本当に、

 

【答えを出した時点で思考は止まっている。】

 

真島先生の解答を見ても

 

「先生、流石やな!整ってる!なるほど〜!」

 

って言うけど、

 

自分の解答が好きなようだった。

 

先生の解答を覚えるという作業は

 

したくなかったのかもしれない。

 

 

 

 

現時点では、うちは、こんな取り組み方。

 

 

 

5ヶ月前に

 

語彙がーーーって

 

ブログに書いてる場合じゃないって

 

真島先生に喝入れてもらっての現在。

 

親も変われる。

 

喝を自分ごとにできたら親も変われる!